七夕を愉しむ 懐石といけばな

- Kaiseki × Ikebana -

みなさんは、「懐石料理」や「いけばな」にどんな印象をお持ちでしょうか?
伝統や作法があり、気軽には入り込めない世界という印象があるのではないでしょうか?
元来、日本には生活や儀式の場を創る「室礼(しつらい)」という言葉があります。
これは、植物を通じて神様が清く豊かな場に降りてくるという考えで、五穀豊穣を祝いながらその一部を人々がいただくのが本来の「懐石料理」なのです。
2019年8月7日(旧暦の七夕)、静岡県静岡市葵区にある料亭「浮月楼」にて、「浮月楼」取締役・久保田耕平氏と華道家・辻雄貴氏によるプログラム「七夕を愉しむ 懐石といけばな」が開催されました。
今回のプログラムでは、「料亭×いけばな」、そして「食×植物」から、現代の生活に合わせた料亭と芸能の本質を見出そうと思い、企画されました。

料亭は食事をするだけの場所ではなく、日本文化を伝える場でもある

料亭は、ただ食事をするだけの場所ではなく、日本の芸術として文化を伝える場所。
「浮月楼」では、芸者さんを呼んで、芸事を楽しむこともできるといいます。
今回のプログラムでは、残念ながら芸者さんを呼ぶことはできませんでしたが、お料理をいただきながら、「浮月楼」取締役・久保田耕平氏と華道家であり「浮月楼」芸術顧問・辻雄貴氏による日本文化にまつわるトークセッションをお楽しみいただきました。
浮月楼の歴史のこと、料亭のこと、いけばなのことなどが語られ、日本文化に造詣が深い二人のセッションは、新しい価値観につながる内容になったかと思われます。
ここで、二人のプロフィールをご紹介しておきたいと思います。

久保田耕平

「浮月楼」取締役

1979年、静岡市生まれ。立教大学を卒業後、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ、アジアなど、約20カ国を巡り、見識を深める。東京・築地での就業後、2008年、父が経営する「浮月楼」へ入社 。2018年、専務取締役に就任。日本文化にも造詣が深く、婚礼もその一つと考え、人生に一度しかない最高の宴の場づくりを提案している。

辻雄貴

華道家/「浮月楼」芸術顧問

1983年、富士市生まれ。建築を学び、建築家という土台を持ちながら「いけばな」を追求。既存の枠組み超え、建築デザイン、舞台美術、彫刻、プロダクトデザインなど、独自の空間芸術を演出。2016年ニューヨークのカーネギーホールで公演。2017年、スペイン フェリペ6世国王夫妻来日の際には、時の天皇皇后両陛下ご隣席のもと、「浮月楼」にて献花・室礼を行う。

徳川慶喜公屋敷跡の料亭「浮月楼」

会場となる「浮月楼」は、もともとは最後の将軍である徳川慶喜公が明治2年に移り住み、20年ほどお住まいになったお屋敷。
2200坪の土地を利用し、明治24年に料亭「浮月楼」として創業しました。
慶喜公が立ち退いた後は、静岡駅近くにある迎賓館として120年余り、静岡の街とともに歴史を刻んできました。
その歳月は、庭や建物のあちらこちらに結晶され、訪れる人に古い昔の出来事を語りかけてきます。

「浮月楼」は、紡がれた歴史と伝統を次の時代へ伝えるために、料亭として、催事場として、婚礼式場として、この場所に在り続けています。
2017年には、スペインのフェリペ6世国王夫妻や、当時の天皇陛下の上皇様、当時の皇后様の美智子様もご利用になられています。

「静岡では『けいきさん』と呼ばれ、親しまれている慶喜公ですが、15人の将軍のうち、唯一、皇族の血が入っているため、錦の錦の御旗が掲げられ、天皇の敵になったときはショックを受けたと言います。
徳川慶喜公は、徳川家歴代の将軍の中でも最高齢の77歳まで生き、また同じ静岡に由来が深い家康公も75歳と長生き。
この長寿の秘訣は、静岡の食材にあったとも言われています。
久能山東照宮や日光東照宮は、家康公が眠る場所として知られていますが、日光の方は、髪の毛などの体の一部のみで、お体自体は久能山の方で眠っているんです」と久保田耕平氏は語ります。

小川治兵衛による「浮月楼」の庭園。そのランドスケープを考える

庭は、慶喜公が京都から呼び寄せた当代随一の庭師・小川治兵衛が手がけた池泉回遊式の庭園。
慶喜公時代の「浮月楼」の敷地は、現在の2200坪に比べ、倍の約4500坪以上あったとのこと。
敷地の半分以上が庭であり、大きな池と小さな池があったと伝えられています。庭園は、春は桜、夏は新緑、秋は紅葉、冬は梅と四季折々の景色を映し出します。
「池には、能舞台があり、そこでは祝言を挙げることができます。
また、床の間を使用した、古典的な日本の結婚式もできます」と久保田耕平氏は、スライドとともに「浮月楼」の歴史写真や風景、結婚式の様子などを美しい写真とともに紹介していきます。
「浮月楼」で行う結婚式は、外での利用が多いのですが、暑い季節は室内で行います。
「結婚式の神事でサカキの葉を使用するのですが、現在は他から入手していますが、浮月楼の庭園でも育てられたらと考えています。
庭園のランドスケープも考え、辻さんには2年ほど前から浮月楼の芸術顧問に就任いただきました」と久保田耕平氏は話す。
「庭の植物をメンテナンスしながら、懐石料理に使う植物をお皿にいけるように盛り付けられたらと考えています。
庭には、先人たちのメッセージが込められています。浮月楼の庭には、たくさんの葉蘭(ハラン)が植えられています。
昔は、このハランを料亭で使っていたのではないかと考えています」と辻雄貴氏は話します。
「葉蘭には殺菌作用があり、焼き物である魚の下や、おせち料理でも使われています」と久保田耕平氏も話します。
今回のプログラムは、今後、2か月に一度、企画予定。
普段、「浮月楼」が出さないような料理を提案する場にもなればと考えています。
料亭としての立ち位置も模索していけたら」と辻雄貴氏は話します。

芸能も嗜んでいた慶喜公同様に、パフォーミングアーツを実施

慶喜公は、油絵、写真、自転車、狩猟など35の趣味があり、能や謡といった芸能も嗜んでいたと言われています。
そして慶喜公の時代には、縁日に庭を一般開放して、舞台を設けていたとも。
池には能舞台が今も残り、ここで婚礼の祝言をあげることもできます。
「浮月楼」も慶喜公同様に日本文化を思わせるパフォーミングアーツができればと、これまでにさまざまな企画を実施しています。
過去には、「駿河芸妓まつり」「浮月シャクジ能」を「浮月楼」専務取締役・久保田耕平と、華道家であり「浮月楼」芸術顧問でもある辻雄貴で企画・開催しています。
今回のプログラム「七夕を愉しむ 懐石といけばな」もその催しの一つ。
今後も定期的に、懐石料理といけばなを愉しみながら伝統芸能に関わる方々によるトークショーなど面白いことを企画できれば。
先人の形をインプットしながら、日本の文化や芸術、日本の本質を、現代に接続した形で、あまり形式張らずに新しいことを創りたいと考えています。

会場として使用した建物「浮月楼『明輝館』」

今回のプログラムで会場として使用した建物は、「浮月楼『明輝館』」。
「明輝館」の「明輝」は、陶淵明の「四時歌」から付けられたもの。

「四時歌」陶淵明 春水満四沢
夏雲多奇峰
秋月楊明輝
冬嶺秀孤松

「秋月楊明輝(秋月 明輝きを揚げ)」は、“秋の月は、明るく輝いてあがり”という意味。

昭和時代、日本の近代数寄屋建築を代表する名建築家・吉田五十八(いそや)が、「浮月楼」の建築に携わっていました。
残念ながら、静岡大火、および戦災で焼失し、現在の「明輝館」はその設計方針を生かして戦後間もなく建て直したもの。
本館は、比較的入ることが可能な場所ですが、この「明輝館」はあまり一般の方が立ち入ることができない場所。
今回、特別に開放してもらい、数寄屋造りで造られた貴重な建物に入ることができる貴重な機会となりました。

「浮月楼」の懐石料理

静岡で採れる旬のものをご馳走として、「浮月楼」の心づくしの懐石料理を味わっていただきました。
「七夕を愉しむ 懐石といけばな」お品書き
八寸 海老黄身寿司 鰻柳川真薯(しんじょ)
石川芋からすみ鬼灯(ホオズキ)
アスパラ辛子漬け
小鉢 琥珀寄せ 美味出汁 海老 雲丹(ウニ) 銀杏
鱧(ハモ)ざく 三杯酢
お椀 焼霜鱧(ハモ) 夏松茸 酢橘(スダチ) 青味
造り 三種盛り 有東木山葵(うつろぎワサビ) あしらい色々
煮物 三保折戸茄子(みほおりどナス) 三浦南瓜(みうらカボチャ) みつせ鶏つくね 絹さや
焼物 富士宮鱒(ふじのみやマス)西京焼き 羊羹 はじかみ
食事 御殿場(ごてんば)コシヒカリ 鮪削り節(マグロけずりぶし) 茎山葵(くきワサビ)
止椀 合わせ味噌仕立て
水菓子 季節の果物

旧暦の七夕に開催されたプログラム

今回、初めて企画したプログラムだったため、当初定員を20名に設定していました。
しかし、大変好評をいただき、定員を上回る36名での開催となりました。
このイベントが行われたのは、旧暦の七夕である8月7日。
「七夕」は「たなばた」とも読みますが、「しちせき」とも読みます。
これは「七月七日の夕方」という意味。
現在では、7月7日に七夕の行事が行われますが、かつては旧暦(現在の8月7日)に行われていました。

七夕の朝には、里芋の葉に降りた露を集め、その露で墨をすり、七枚の梶(カジ)の葉に歌をしたためることで、字の上達を願う風習がありました。 
七夕にちなみ、「後拾遺和歌集」には、こんな歌も残されています。
天の川 門渡る舟の 梶の葉に 思ふことをも 書きつくるかな
(上総乳母)

梶の葉は、諏訪大社の神紋にも使われ、食器として用いられていたことも。
神前の供物を備えるための器としても使われています。

季節を感じるおもてなしができればと考え、今回の懐石料理の八寸には、静岡の山から切り出してきた梶の葉をお料理の下に敷きました。
参加者には、こういった解説を通し、懐石料理と自然のマリアージュによる文化的な体験を愉しんでいただきました。

日本料理における「かいしき」とは

久保田耕平氏は次のように話しました。

「日本料理では、「かいしき」という言葉あります。
西洋では、お皿に食べられるもののみを出しますが、日本料理では、口に入れない葉っぱや実などの自然のものを器に乗せ、そこに神様を降ろし、季節を感じます。
料理と一緒に、庭や空間も一緒に愉しんでもらえたら。
豊かに生きる提案をすることが料亭の役割だと考えています。」

懐石料理の中でお魚の造りに使っている器は、このプログラムのために用意した竹の器。
丁寧に磨き上げ、今回のプログラムのためだけに使用しました。

辻雄貴氏は、静岡で問題の一つとなっている中山間地における放置竹林の整備に携わっており、この竹を活用した能などの舞台装飾を行うことも。
このこともあり、「浮月楼」では竹を使用したと言います。

「竹には、様々な活用法が考えられます。
竹には、多くの微生物が含まれるため、竹チップにすることで土壌を肥やす効果も。
また、竹炭には抗菌作用が期待できます。
竹をどのように活用していくかが今後のテーマだと思っています。

また、懐石料理では、食事として「御殿場コシヒカリ 鮪削り節 茎山葵」が出されました。
これは、京都発祥の料理「錦木(にしきぎ)」を静岡風にアレンジしたもので、二日酔いにもよいとされるお料理。

「このお料理は、辻さんからご提案いただきました。本来は、カツオ節が使われるのですが、静岡らしく、えぐみがなく、まろやかなマグロ節を使用し、ワサビと一緒にいただけるようにしました」と久保田耕平氏は語る。

華道家・辻雄貴氏による「いけばな」パフォーマンス

トークショーの後は、「浮月楼」が所蔵する慶喜公の書の紹介があり、これには参加者の方々も思わず感嘆の声が。
そしてその後は、華道家・辻雄貴氏による「いけばな」パフォーマンスをお楽しみいただきました。

辻雄貴氏が、用意された台や床の間の上に、次々と作品をいけていきます。
「いけばな」のパフォーマンス中もお料理をいただいていただけるように考えていましたが、雰囲気にのまれ、息をするのも忘れそうなくらい真剣な目で見入っていました。

プログラムの最後は「いけばな」体験会を開催

「近年、『いけばな』の世界では市場に流通している花をいけることが多いのですが、本来は野山の植物を間引いた形で使用するのが『いけばな』の本質なのです」と辻雄貴氏は話します。
ここで辻雄貴氏からアドバイス。
「『いけばな』には、線・色・塊のバランス感が必要と言われています。
もちろんこういった理論もありますが、あまり深く考えなくても、いけているうちに植物が行きたい方向がわかるようになります。
いけばなは、花そのものを造形するのではなく、枝と枝との間の何もない空間を創り出すもの。
間を意識しながらいけていきます。」

「水は腐るため、毎日入れ替えると植物の持ちがよくなります。
入れ替えにくい場合は、水を攪拌させ、空気を入れるだけでも変わります」とのこと。
せっかくいけた「いけばな」作品は、なかなか水を入れ替えにくいもの。
ちょっとしたコツで持ちも変わるようです。

なお、辻雄貴氏は、日本文化に挑戦し、新しいラインを作り、床の間文化を復活させたいと考えています。
2019年7月には、一年を通して「いけばな」を愉しんでもらうプロダクト「カキトカザイ 定期便」をリリース。
自宅に毎月定期的に静岡の山から枝師が切り出した花や枝や実物をお届け。
手軽に「いけばな」を愉しんでいただけるキットになっています。
カキトカザイ

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